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INTERVIEW[インタビュー] RSS

TOKAI DOPENESS feat. CAMPANELLA & TOSHI MAMUSHI, YUKSTA-ILL, RAMZA

インタビュー:伊藤雄介(Amebreak)

「東京とか大阪とかいろいろスタイルがあると思うんですけど、東海は東海でトコナメさんがいたし、刃頭さんがいたんで、出来上がってたんですよね。で、それが絶対なんですよ。俺らはかなりカルチャーに根ざして生きてるつもりです。あと、スキルは絶対。環境で言うことはそれぞれだけど、どんだけ上手いことどんだけ載せられるかにこだわってますね」ーーTOSHI MAMUSHI

CAMPANELLA & TOSHI MAMUSHI

 
 ここ1~2年の国産HIP HOPで、個人的に否応なしに注目させられている集団が、名古屋/東海エリアに拠点を置くNEO TOKAI/TOKAI DOPENESS勢だ。
 
 NEO TOKAI/TOKAI DOPENESSとは?……の解は以下のインタビューや、RCSLUM RECORDINGSからリリースされているYUKSTA-ILL「QUESTIONABLE THOUGHT」やCAMPANELLA & TOSHI MAMUSHI「CAMPY & HEMPY」、そして同レーベルからリリースされたコンピ「TOKAI DOPENESS」などをチェックして頂ければその一端が分かるかもしれない。具体的なクルー/グループというより、名古屋の(特定の)クラブ・シーンに集う、主義主張/思想を共有するアーティストたちの総称という風に考えるのが妥当だろう。
 
 今回は、昨年末にCAMPANELLA & TOSHI MAMUSHIが「CAMPY & HEMPY」のリリース・パーティで東京に来たタイミングでの取材だったため、同作関連の質問が多いが、同行していたYUKSTA-ILLとトラック・メイカーのRAMZAも加わり、彼らから見た現在の名古屋/東海シーンの状況や、彼らの思想の原点となる2000年代前半の名古屋シーンの衝撃まで語ってもらうことが出来た。
 
 だが、取材してみて更に痛感したのだが、なんというか、表面的なことは説明してくれても、本質的なヤバさは現場で実際に体感してみないと分からない、最終的な手の内は明かさない感じ……東京のシーンで例えるなら初期MSCと彼らの現場が持っていたヒリヒリした緊張感に似たものを感じ、そんな部分にスリルを感じる。これは、近い内に、彼ら周辺のアーティストが多く出演する不定期イヴェント『METHOD MOTEL』に行かなければ……と、強く思わされた。
 


 
■CAMPANELLA君は愛知県出身ですよね。
CAMPANELLA「名古屋の隣の小牧市ってところです。これといって特徴はない街です。10代の後半にラップを始めて、その頃から名古屋で遊び始めましたね。それが7~8年前で」
 
■当時の名古屋はどんな感じでしたか?
TOSHI MAMUSHI「TOKONAさんもまだ生きてて、俺らぐらいが彼を見てる最後くらいの世代かもしれないですね。『トウカイ×テイオー』が出て、で、いなくなっちゃって」
CAMPANELLA「高1ぐらいのときにM.O.S.A.D.の1stを聴いたんですよね」
 
■当時の地元の若いヘッズが、トコナ君やM.O.S.A.D.から受けた衝撃や影響はどんな感じでしたか?
TOSHI MAMUSHI「マインド的なモンだと思うっす。外見とかのアメリカナイズされた部分もそうですけど、タフな中身/内面。そういった部分は絶対トコナメさんを見て影響を受けたと思います、自分は」
CAMPANELLA「でも、ファッションもカッコ良かったすね」
TOSHI MAMUSHI「当時、チェダーって服屋もあったし、通ってましたね」
 
■TOSHI君は、a.k.a.で「美濃の蝮」と名乗ってることからも分かる通り、岐阜出身ですよね。
TOSHI MAMUSHI「岐阜出身で今は名古屋に住んでます。岐阜の山間部のド田舎で、15歳くらいからラップしてます」
 
■出身は違うけど、今のふたりの活動の拠点は名古屋ってことですね。今日来てもらったMCのお三方は、どういう風に繋がっていったんですか?
TOSHI MAMUSHI「『METHOD MOTEL』(名古屋市・栄のクラブCIPHER THE UNDERGROUNDで不定期に開催されているイヴェント)ですね。ATOSONEっていう、自分たちのボス的な人がいるんですけど、彼がそのイヴェントをやってて、彼は名古屋のSMSCっていう服屋のオーナーなんですけど、名古屋のハイプマン的な人で、昔から目をつけたヤツには声かけてて。で、HIP HOPのパーティを『METHOD MOTEL』で打ち出して。でも、やり方が当時の名古屋のパーティとまったく違ってたんで、あっという間に群を抜いた存在になって。もう、全部が違ったんですよね。リハから(出演者が)ピリピリしてましたし、その頃からNEO TOKAI/TOKAI DOPENESSが生まれたと思います」
CAMPANELLA「世代関係なく、ラップっていう物差しだけで見てくれた先輩ってATOS君ぐらいでした」
 
■YUKSTA君はどこ出身なんですか?
YUKSTA-ILL「僕は三重の鈴鹿ですね」
 
■みんな違うんだ。それ故に“NAGOYA”じゃなくて“NEO TOKAI”って括りなんですね。
TOSHI MAMUSHI「三重と愛知と岐阜の東海3県ですね」
 
■TOSHI君はJET CITY PEOPLEからソロ・アルバムを出しましたけど、JET CITY PEOPLEはクルーであり、レーベルっていうことですよね。
TOSHI MAMUSHI「まあ、それもラフな括りなんですけど、鷹の目(JET CITY PEOPLE主宰のトラック・メイカー/エンジニア)のスタジオにレコーディングしに来たヤツがJET CITY PEOPLEだ、みたいな。レーベル自体は鷹の目と呂布カルマが仕切ってます」
 
■で、YUKSTA君はTYRANTの一員で。
YUKSTA-ILL「そうですね。ただ、TYRANTは今、形があるようでない感じですね。ATOSがやってるRCSLUM RECORDINGS(CAMPANELLA & TOSHI MAMUSHI『CAMPY & HEMPY』/YUKSTA-ILL『QUESTIONABLE THOUGHT』は同レーベルからリリース)の面子がいて、今はそこにいるMCたちと一緒にやってるって感じです」
 
■TYRANTって正式には何人組なんですか?
YUKSTA-ILL「不特定多数なんですけど(笑)、一応、9人ぐらいで、MCが4人でDJがひとり。あとはアートワークとかやってるヤツがいて。今は実質動けていないですけど、メンタリティ的な部分はキープしてやってます。TYRANTでやってきたことが広がってってTOKAI DOPENESSや『METHOD MOTEL』に繋がってると思います」
 
■RCSLUMはどういうレーベルですか?
YUKSTA-ILL「“RACOON CITY”の略がRCで、要するに四日市っていう、自分の地元でコンビナートとかがある工業地帯なんですけど、その雰囲気と照らし合わせてこのレーベル名があります。自分らでやってるんですけど、そこから派生した概念というか……説明が難しいんですけど。だけど、今は“RC”になってるんで“RACOON CITY”とかあんまり意識してないですけどね」
TOSHI MAMUSHI「今はTOKAI DOPENESSとかNEO TOKAIっていう言葉で括られてます。で、その周りを仕切ってるのがATOSです。自分とCAMPANELLAで『THE METHOD』っていうオムニバスをTOKAI DOPENESSって括りでいろんなMCを集めて作ったら、ATOSから『何かやるか?』って言われてその延長で『CAMPY & HEMPY』も作りました」
 
■さっき、『METHOD MOTEL』の雰囲気がヒリヒリしてたって言ってましたけど、このMC 3人の第一印象ってどんな感じだったんですか?
YUKSTA-ILL「自分はTYRANTとして三重から名古屋に出て来てたんで、やっぱり知らないヤツらもいたからヒリヒリしてましたね。でも、その空気が継続して『METHOD MOTEL』の空気が作られたと思うし、それぞれがそれぞれで凌ぎあってきたヤツらやし」
TOSHI MAMUSHI「『METHOD MOTEL』は4~5年前から出たんですけど、最初ATOSにミーティング呼ばれて、『街と街の戦いやもんで、お前らが地元の仲間連れて来んと盛り上がらんし、恥かくのはお前らだからな』って言われて(笑)。そういうことですね」
 
■緊張感ありますねー(笑)。TOSHI君とYUKSTA君はUMBとか出てるけど、CAMPANELLA君はバトルは?
TOSHI MAMUSHI「ちょくちょく出とるよな」
CAMPANELLA「出てますけど、1回戦で負けたり、ちょっと勝ち上がったり。でも、バトルはそんなに嫌いじゃないですよ」
YUKSTA-ILL「本質的にはバトルで知り合ったっていうのが大きいですね」
CAMPANELLA「ダメレコ主催の『3 on 3 MC BATTLE』(名古屋大会)とかね」
YUKSTA-ILL「そこでCAMPANELLAがBB9(名古屋を拠点に活動するクルー。2008年UMB名古屋代表のK.Lee所属)を3人抜きして、その後に俺らと当たってね。TOSHIも2006年のUMBに出てて、そのときから彼の名前は知ってて」
 

■この1~2年、NEO TOKAI/TOKAI DOPENESSっていう言葉を聞く機会が増えてきて、それはやっぱり作品がオフィシャルでリリースされたっていうのが大きいと思うんですけど、自分たちの意識的にはどうですか?
CAMPANELLA「(狙いは)ないですね」
TOSHI MAMUSHI「時は来た……って感じですか(笑)」
CAMPANELLA「(リリースが結果的に)被ったって感じですね、正直」
TOSHI MAMUSHI「『METHOD MOTEL』のメンバーとかも、お互い凌ぎを削って、削ぎ落とされて残ったヤツらが的確な作品を出してるってことですね」
 
■CAMPANELLA君は2011年にミックステープ「DETOX」をフリー配信しましたね。
CAMPANELLA「COSAPANELLA(トラック・メイカー:C.O.S.A.とのユニット。2011年にアルバム『コサパネルラ』をリリース)が仕事してるときで、『DETOX』がニートって感じです(笑)。COSAPANELLAはライン作業的に作っていったんですけど、その合間に水面下で作っていた曲と当時の新曲で作ったって感じですね。意図して作ったとかはないです。結構、その頃もフリーでミックステープって出てたじゃないですか」
 
■そういう流れで「DETOX」に注目した人も多いでしょうね。
CAMPANELLA「狙ってはいないですけど、出したことで良い風に全部転がってくれたかな、って。単純に、僕ら周りのビート・メイカーたちにスポットを当てたかったし、インターネットっていうものが日本の場合オタクすぎるっていうのも思ってて、ミックステープにしてもフリーで聴けるものにしても。そういうのがちょっとイヤで、僕みたいに普通に現場でやってるヤツがミックステープをちゃんと切って、ライヴもして、CDも売って、っていうのがやりたかったんです。ハッキリ言うと、日本でミックステープを出してるヤツら……ヤツらって言い方はアレですけど……ライヴしてないんですよね。自分は現場ありきだと思うんで。取り敢えず、僕らの周りはオタクじゃないぞ、と。まあ、オタクなんですけど(笑)、でもネクラじゃない……まあ、ネクラですけど(笑)。ネクラだしオタクかもしれないけど、カッコ付けて言うと僕たちはストリート/現場にいるってことです」
 

■ネット方面にも感度高いけど超現場主義っていうのはNEO TOKAI/TOKAI DOPENESSの特徴かもしれないですね。TOSHI君は「CAMPY & HEMPY」の直前にソロ・アルバム「BLUE CHEEESE」を出して。耳触りは結構レイドバックしてるんですけど、ラップは結構辛辣な一枚でしたね。
TOSHI MAMUSHI「そうですね、辛辣だと思います。最初、『THE CHRONIC-L』っていうミックスCDをストリート流通で出したんです。CAMPANELLAもCOSAPANELLA出したし、俺も何かやらないとな、って思って。それ切った後にありがたいことにお金が入ってきて、お金が出来るとゆとりが出来て、ラップ書いちゃうみたいな」
 
■お、健全ですね。
TOSHI MAMUSHI「お金見ながらラップ書く、みたいな(笑)」
 
■そしたらアルバムが出来ちゃった、と。
TOSHI MAMUSHI「いや、ウソです(笑)。スゲェ真面目に作りました。ソロ・アルバムを出して、今年中に『CAMPY & HEMPY』の2枚を出そうとは思ってましたね。結構内容も考えて変えました。『CAMPY & HEMPY』は喋りの延長で作ったし、『BLUE CHEESE』は、その時抱えてたストレスと葛藤を一旦、全部吐き出そうと思って」
 
■やっぱり周りが作品として形にしていったっていうのに触発されている部分もありそうですね。
TOSHI MAMUSHI「そうですね。HIRAGEN(TYRANT)の『CASTE』もデカかったし、MC AUGUSTの『DOWN THE CONTROL』も自分にとってはデカかったです。だから、自分でもオフィシャルで一枚切りたくて」
 
■CAMPANELLA君とTOSHI君のふたりでアルバムを作ろうと思った理由は?
TOSHI MAMUSHI「元々、結構遊んでたんですよね。ヒマだとCAMPANELLAがよく遊びに来るんです」
CAMPANELLA「TOSHI君は喫茶店をやってるんですけど、そこにコーヒーを飲みがてらHIP HOPやクラブの話をしに行ってて。そうこうしてる内に11曲ぐらい並んだって感じですね」
TOSHI MAMUSHI「普段話していることをちょっと捻って曲にした、っていうか」
 
■ふたりはMCのタイプ的には全然違いますよね。そのあたりの住み分けだったりどう合わせていくかだったりはどう考えてましたか?
TOSHI MAMUSHI「多分、何も話し合ってないですね」
CAMPANELLA「僕は、10代の頃からTOSHI君のことを知ってるんですけど、10代の頃から知ってるラッパーって少なくて。ラップのことはTOSHI君から教わった部分が大きくて、尊敬してたっていうのがデカいですね。だから、彼に合わせるとかじゃなく、単純に一緒に曲を作るのが楽しいっていう」
TOSHI MAMUSHI「照れますね(笑)。そういうこと言うのよせよ、って言うんですけど(笑)」
YUKSTA-ILL「このふたりはホント仲良いんですよ」
TOSHI MAMUSHI「ちょっとコッチなんじゃないか、っていう」
CAMPANELLA「いや、コッチです(笑)。でも、ラッパーとしてだけの繋がりじゃなくて、一緒に遊んでるっていうのはデカいですね」
 
■確かに「CAMPY & HEMPY」は、遊びというか、ゲーム感覚というか、そういう要素が感じられますね。
CAMPANELLA「あ、そうですね。“Yeah damn”って曲とかは、さっき話したTOSHI君の喫茶店でビートかけながらお互いが1ラインずつ出し合って爆笑するっていうのを繰り返して作った曲だし」
TOSHI MAMUSHI「俺らのスラングで“落研ライン”って言葉あって(笑)。落語研究会も唸るラインみたいな」
CAMPANELLA「『持ち検拒否する落研ライン』(笑)。TOKAIの連中は、パンチラインに関してはメチャクチャ意識してるっす。全国でも一番意識してるんじゃないか、ってぐらい」
 
■やっぱりバトルだったりの経験も大きいですか?
TOSHI MAMUSHI「もちろんそうですね。バトルというか、フリースタイルありきだと思います。フリースタイルしてると、考えもしないことが出て来ますからね」
CAMPANELLA「僕はフリースタイル、しないんですよね。サイファーとか観るのは好きなんですけど」
YUKSTA-ILL「昔はTOSHIとクラブで1時間以上サイファーやってたりしましたね」
 
■RAMZA君は「CAMPY & HEMPY」で3曲手掛けてますね。
RAMZA「彼らに合わせて作ったとかはないですね。ただ、僕は僕でトラック作ってて、彼らとよく遊ぶんで、家に来て音を持って帰って」
TOSHI MAMUSHI「良い時期に行って、盗む(笑)。RAMZAの波があって、それを読んで行くっていう。でもたまに外してふたりで落ちて帰ることもある(笑)」
CAMPANELLA「RAMZAとは10代の頃から一緒にやってるんであまり客観的には見れないですけど、でも、新しいですね。新しいんだと思います。他のトラック聴いても新しいとあんま思わないし。聴いたことない音、っていうか」
TOSHI MAMUSHI「それに近いと思うよ。新世代」
CAMPANELLA「毎回首振らすし、驚かされますね」
 
■あと、今日はいないけど、C.O.S.A.氏のクレジットもよく見ますね。
TOSHI MAMUSHI「C.O.S.A.は俺と昔同じクルーでやってて、昔はラッパーだったんです。で、MPC買ってからビート・メイクに力が入っちゃって。RAMZA、C.O.S.A.、FREE BABYRONIA、SHOBBIECONZ、鷹の目、この辺は『MADE DAY MAIDER』でやってて」
CAMPANELLA「『MADE DAY MAIDER(MDM)』っていうパーティをJB'sっていうクラブで平日やってるんですけど、MASCHINE(NATIVE INSTRUMENT社製の、MPC的なパッドが搭載されたコントローラー)ライヴがメインでやってるんです。基本的に、僕が信頼してるビート・メイカーやラッパーは『MDM』や『METHOD MOTEL』周りの人たちですね」

YUKSTA-ILL
 

■度々話にも出ましたけど、「CAMPY & HEMPY」とか聴くと、90年代的な切磋琢磨感というか、現場からの叩き上げから来るイズムみたいなものを感じるんですけど。
CAMPANELLA「そうじゃないと名古屋ではやっていけないと思いますよ。タフじゃないと名古屋ではやれないと思う。ハードコア/パンクとかが強い土地だし、ナヨナヨしたものはあまり受け入れられないんじゃないかな。それも昔からのイメージかもしれないですけど」
TOSHI MAMUSHI「俺もそう思いますね。昔から男臭かったし、反骨精神が出てそれが音楽に反映されているのなら、それは嬉しいことですね」

■TOSHI君は結構オーセンティックなスタイルで、CAMPANELLA君はフリーキー、YUKSTA君は変幻自在なフロウで、NEO TOKAIと括られている人たちっていろんなラッパーがいるなぁ、って思うんですけど、それぞれはどんなところからラップのインスピレーションを得てるんですか?例えば、他の日本語ラップとか聴くんですか?
TOSHI MAMUSHI「聴きますよ」
YUKSTA-ILL「俺はめっちゃ聴くっすね」
TOSHI MAMUSHI「YUKが一番チェックが細かいと思うすね」
CAMPANELLA「僕は最近よく聴きますね」
TOSHI MAMUSHI「俺は最近TWINKLEとか聴いてて」
 
■予想外なところ行くなぁ(笑)。
TOSHI MAMUSHI「でも、影響は他のラップじゃなくて、自分の周りの環境から受けてますね。思うんですけど、東京とか大阪とかいろいろスタイルがあると思うんですけど、東海は東海でトコナメさんがいたし、刃頭さんがいたんで、出来上がってたんですよね。で、それが絶対なんですよ」
CAMPANELLA「まあ、絶対ですよね」
YUKSTA-ILL「その軸をブラさず、進化していきたいしね」
TOSHI MAMUSHI「だから、俺らはかなりカルチャーに根ざして生きてるつもりです。あと、スキルは絶対。環境で言うことはそれぞれだけど、どんだけ上手いことどんだけ載せられるかにこだわってますね」
 


 
■確かに、近年稀に見るスキル至上主義ですよね。そういう人は他にもいるだろうけど、そこが丸出しな感じがNEO TOKAIの人たちからは感じられて逆に新鮮なんですよね。
YUKSTA-ILL「みんなイケとると思うすけど、結局自分が一番と思ってやるのは当然なんで」
CAMPANELLA「一番取らないと東京まで届かない。東京というか、メディアの距離はデカいと思うす。こうやって今日みたいに取り上げてもらうことがすぐに起こるわけではないんで、誰にも負けずに一番取らないと注目してくれない」
TOSHI MAMUSHI「やっぱり、(ラップを始めた)当時の人たちがカッコ良すぎたんですよね。それをまだ超えられてないからやり続けてる。あの頃はM.O.S.A.D./TOKONA-X/ILLMARIACHIだけじゃなく、もっとアンダーレ-テッドなMADARA、CHOCO BROTHERS、RAP RYDERS、BUZZER BEATER……ホントにたくさん出て来るんですけど、そういう人たちもカッコ良かったのに何で離れてくんだろうって……」
YUKSTA-ILL「いろいろ変わってしまった部分もあって、TYRANTを始めたのもそういう理由があるんです。ATOSに『今ちょっと名古屋アレだから、なにかやろうぜ』みたいに言われて集まったのがTYRANTだったりするんです」
TOSHI MAMUSHI「壁が高いんで逆にありがたいですね。だからこの歳になっても夢中でいられる」
YUKSTA-ILL「単純に同じことしててもダメなんで、自分らのやり方で突き抜ける。名古屋シーンの人たちはそれで一時代を築いたわけですからね。別に今が音楽的にどうとか、衰退してるとかそういうことじゃなくて、あの頃のメンタリティを持って俺たちはやりたいんです」
 
 

Pickup Disc

TITLE : CAMPY & HEMPY
ARTIST : CAMPANELLA & TOSHI MAMUSHI
LABEL : RCSLUM RECORDINGS/RCSRC-007
PRICE : 2,500円
RELEASE DATE : 2012年11月7日

TITLE : BLUE CHEEESE
ARTIST : TOSHI MAMUSHI
LABEL : JET CITY PEOPLE/JCP-1202
PRICE : 2,000円
RELEASE DATE : 2012年10月12日

TITLE : QUESTIONABLE THOUGHT
ARTIST : YUKSTA-ILL
LABEL : RC SLUM RECORDINGS/RCSRC-005
PRICE : 2,625円
RELEASE DATE : 2011年12月7日