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紅桜

インタビュー:伊藤雄介(Amebreak)

「極論、曲名に(歌っていることが)入ってます。ドップリ(テーマに)入った上で、周りを見渡してスケッチしてる感じです。『悲しくもないのに悲しい歌を歌え』って言われても、歌えないじゃないです。だから、そこに突っ込んじゃう。俺の奥さんが辛い思いをしてるのも、壊れた男について歌うなら俺は壊れてしまうからなんです。そこは苦しいところで、自分はそれでいいと思ってても、周りからはそう見えてなかったりする。でもしょうがないんですよ。俺らは芸術家だから」

 
 “ラップ・スター”と“ラップ・ヒーロー”は似て非なるモノだ、と常々よく思う。もちろん、両方備わっている人もいるが、“ラップ・スター”として商業的な成功を収めたとしても、その人が“ヒーロー”になれるとは限らない。その違いは“人間力”であり、スキルをいくら磨いても身に付けられない、その人間の根っこに宿る何かの違いだ。抽象的な話で申し訳ないが、そうした圧倒的な“人間力”をアーティストと会って感じることは実はそう多くない。だが、数年に一度、そうした逸材をキャリアの初期から知れることは、自分の仕事で最も幸せな部分だ。パッと思いつく限りだと、ANARCHY、MACCHO、般若、漢、D.O、SHINGO★西成……まだまだいるだろうが、現在も一線で活躍していて、そのカリスマ性が聴衆を引き付けている人は、キャリア初期から、並のラッパーとは違う只ならぬ雰囲気を纏っていたことを筆者は証言できる(もちろん、筆者は90年代に直接出会っていないが、その頃にキャリアをスタートしたZeebraやRINO LATINA II、TWIGY、TOKONA-XといったMCもそういった意味で“ラップ・ヒーロー”だと思う)。
 
 近年、素晴らしい才能を持ったアーティストが続々出て来てはいるが、そういった部分で、話した瞬間から圧倒されることはほとんどなかった……が、今回の取材で初めて紅桜とゆっくり話して、同様のオーラを確かに感じたのだ。岡山県・津山市という、都会からも離れ、自身も決して恵まれていたとは言えない環境で生まれ育った紅桜は、20代にして人生数十年分の重みを感じさせる“ブルース”を表現出来る、稀有な存在だ。バックグラウンドがハードだったり不良だったら“ヒーロー”になれるのか?決してそうではないと思うが、若い頃から過酷な環境で揉まれて生き残った男たちには、ケタ違いの“厳しさ”と“優しさ”が両方備わっているし、そんなところがたまらなく魅力的だ。何でこの男が多くのラッパーから高い評価を得ているのか、今回の取材で少し分かった気がする。
 
 紅桜の1stアルバム「紅桜」は、音楽的にはまだ荒削りな部分は多いが、途轍もない伸びしろを感じさせるし、その情感溢れる彼の語り口に大きく心動かされる人は多い筈だ。また、そのキャリアの行く先を見続けていたいと思わせてくれるMCに出会えたことを嬉しく思う。
 
 
■紅桜君は、岡山県・津山市出身だけど、紅桜君から見てどんな街?
「津山は、岡山県北部の鳥取寄りにあるんですけど、山と川しかない街で、灯りが少なくて、商店街とかも瀕死の状態ですね。そこで子供の頃、何をして遊ぶかっていうと、竹やぶに入って竹をナタで切って、『誰が一番刺さりがエエ竹槍を作れるか』とか、川に飛び込むのにどこから飛んだら一番高いかとか、そんなことばっかりしてましたね。それと、博打と酒と……そんな文化が多い街です。その筋の人も『津山に来れば隠れられる』みたいな説があるぐらいで、住所がないようなところもあって。俺や(所属レーベル:PARTY GUN PAUL主宰者の)YAS君も一緒の地区出身なんですけど、やっぱり狭い街なんですよね。犯罪者でも、岡山県警津山署に入ってる人たちはみんな知り合いだし」
 
■自分たちの地元を“エノックリン”と呼んでいるようだけど。
「津山の自分らが住んでるところが榎というところなんですね。でも、住所に榎というのはなくて、地名自体がスラングなんです。で、ブルックリンみたいな感じでエノックリンって言うようになって。しまいには地元のガキも歳いってる人たちもエノックリンって呼んでます。自分は市営住宅に住んでるんですけど、日の当たらないようなところで、俺の家に行くまでの道とか、土をユンボで削ってそこにブロック積んで手すりは物干し竿で作る、みたいな。普通、市営住宅なら市が管理してキレイにするじゃないですか。でも、コンクリートとかが割れても地元の人間が打つぐらいで。自分らの地元をちょっと離れると、『汚れ子が!』って言われたり、盗んでもないのに因縁付けられてきたし、そういうのは当たり前に捉えて生きてきました。YAS君とかは、街のパイオニアですね。そういう、街灯もないようなところでHIP HOPを始めた人で、一緒の村だとみんなインブリードばっかしちゃうから、どっかで血が繋がっててファミリーなんです。だから、身内に汚いことは絶対できないし、そういった環境が俺を育ててきた」
 
■今、「YAS君がパイオニア」と言っていたけど、HIP HOPにハマったのもYAS君の影響?
「15歳ぐらいの頃、津山に一軒だけクラブがあって、そこでYAS君とかがライヴやってるから『遊びに行こう』って兄貴に誘われて行ったんですよね。そのときに観たライヴがメチャクチャカッコ良かったんです。その頃、YAS君にはFAT BOXっていうクルーがあって、自分はガキだったし、地元のお兄ちゃん的な存在の人が歌ってたらやっぱ憧れるじゃないですか。その影響が大きすぎて。実質、津山シーンで要になった存在はFAT BOX CREWだと思いますね」
YAS「FAT BOX CREWが結成されたのが98年ぐらいですね。僕らがHIP HOPをし出したときに、既にやってる人はいたんですけど、活発に動いてたのが僕らでした」
「もう、雲の上の存在でしたね。FAT BOXが入口でHIP HOPに入っていきました。その頃、携帯電話もないじゃないですか?だから、公衆電話で仲間の家に電話して『俺、ライヴ観に行ったんだけど、ヤバすぎたからラップやろう』って、自分らで仲間を集めてやり始めたんです」
 
■それがILL FLAMINGO?
「ILL FLAMINGOのもう一個前のBATTLE GROUNDってグループでした。今は二代目が出来て、そいつらがBATTLE GROUNDを名乗ってやってますね」
 
■紅桜というMCネームはどうやって付けたの?
「最初の頃は自分の本名:ユウキって名前でやってたんですけど、自分が音楽にのめり込んでいったときに友達が死んじゃいまして。ちょうど花見の時期で、そいつと花見に行こうとしてたときに、そいつがバイクで事故って。……『銀牙』っていうマンガの中に“紅桜”っていう犬がいて、その犬がかなり強くて死に方もカッコ良いんですよね。だから、花見のときに死んだそいつと、これからの生き方を掛けようかな、って。俺が泣きながら、気分変えようと思って開いたマンガで紅桜が出て来たんですよ。ILL FLAMINGOのDJやってたオオマってヤツの家にいたんですけど、マンガを閉じてリリックを書き始めたんです。泣きながら書いて『俺は紅桜だ』ってラップして、オオマも泣きながらパッド叩いて音を作ったりしてて。それで紅桜になったんです」
 
■“紅桜”以前と以降の自分のラップに変化はあった?
「全部が違うでしょうね。紅桜になってから『誰彼構わずヘコませたろ』って思ったんですよ。殴ってやろう、って。やっぱり若かったんですよね。若い分、自分が良かろうが悪かろうが自分なりの道理はあっても、道理なく『やらせろ』ってマイク・ジャックにしてもケンカにしてもやってたし、一番掴みたかったんですよね」
 
■血走ってたわけだね。
「自分が津山のエノックリンで育って、そんなところで『第一線でメシ食ったろ』ってなると、自分がやりたくないこともやらなきゃいけないし、そうしないと印象に残らないんですよ。『強いヤツがカッコ良い』って思ってました。40歳になってこのシーンに上がってきたとき、『言うこと聞かないから殴った』じゃ済まないじゃないですか。だから、10~20代の内に自分の周りのヤツら言うこと聞かしたろ、って思ってましたね。自分にはその頃からヴィジョンが見えてたんで。でも、それだけじゃいけないところがたくさんあるじゃないですか。しっぺ返しらしいしっぺ返しはないですけど、『自分に厳しく』というのを一番のしっぺ返しと思って今はやってます。だから、今まではMCバトルにしてもケンカにしても『勝ってナンボ』のつもりだったし、今でもある意味そうですけど、今は『勝ってナンボ』の最強より『優しく優雅』な方が無敵だと思ってるんですよね。最近は、そこに重点を置いてて」
 
■それはやはり、結婚して子供も出来たから?
「そうは思いたくないんですけど、(結婚/出産を経て)価値観は変わってきましたかね。俺がこうして音楽させてもらえる状況になったから、俺をバカにしてるヤツなんかひとりもいない。地元のみんなとは正味な付き合いが出来てると思うし、今から最強を求めなくても無敵だと思ってるんで、それが自分の一番の強みですかね」
 
■やはり、紅桜君の名前を大きくしたきっかけは『ULTIMATE MC BATTLE』のようなMCバトルだったと思うし、僕も実際バトルで最初に紅桜君の名前を知ったんだけど。
「最初に出たのは2008年ぐらいかな。その頃、地元でフリースタイルやサイファーしてるヤツなんかいなかったんですよ。で、ラップさえカッコ良ければみんな絶対言って聞かせられるだろ、って思ってフリースタイル始めたんです。それから、DJが回してるレコードのレーベル面を見て『あ、このジャケを出したときはこのビートがくるけん、こういうフロウをしよう』って曲を覚えていったんですよね。他にやるヤツもいなかったからひとりでフリースタイルしてたし、ディスってたし。……最初は、FAT BOXの先輩が無理やりバトルにエントリーさせたんですよ。そこで初めて当たったのがYOWTHだったんです。俺は10代のクソガキだったけど、YOWTHにも敬語使わないで『おいYOWTH、手加減したら許さんぞ』って。で、俺が負けて、悔しかったですね。そしたらYOWTHが来て『大丈夫や、俺が絶対優勝するから』って言って実際に優勝したんですよ。俺の約束を果たしたから、俺がYOWTHのことをバカにすることはない。で、次の年はL.M.DOGGに負けて、そのときも彼が優勝して、その次の年はFEIDA-WANが優勝した」
  
■レーベル:PARTY GUN PAULの説明をYAS君からお願いします。
YAS「ただ全国に渡り歩くために看板がいるということで名前が付いてるだけなんですけど、俺からしたらFAT BOXの延長線上です。色々みんな事情があって入れ替わったりしてクルーが崩れそうになったときに『もう一回』と思って、スタジオと服屋を立ち上げて、その店の名前が“PARTY GUN PAUL”なんです。FAT BOXとしてやってた頃は“岡山県”と“津山県”って感じだったんです。最近でこそ、誰とでも仲良く出来ますけど、前はそれがなくて、岡山市の方に行っても気ぃ張ってたし、同じ岡山県でラップしてた人も、仲は悪くないけど特別良くもなかった。でも、その頃から紅は目立ってたんで、“津山発”でHIP HOPをやりたいヤツを集めたいな、って。あと、制作環境を津山に置くっていうことも大事で。どこのヤツが津山に来ても、俺らのレコーディングの仕方は特殊に感じるらしいんです。例えば、トラックを決めて真剣に机に座って音聴きながら書くんやのうて、みんな同じ空間で自由にしながら、そのときのフィーリングでバチッと曲が決まったりするんですよ。その環境を津山から動かしてしまうと同じことは出来ないと思うんです」
 
■そして、遂に今夏、1stアルバム「紅桜」が完成したわけだけど。
「アルバムのタイトル通り、俺自身をコンセプトに作りたかったんです。金ジャラとかもいいけど、もっと中身を出したくて。『紅桜』は、YAS君やPARTY GUN PAULのみんなのお金で出来てるんですよね。つまり、“赤字”で出来てる。でも、貧乏世帯でもこういう風に形にしてくれてるんで、ジャケットを白地に赤字で表現してるんです。それに、紅白だから“日の丸”と同じで角がなくて丸いんですよね、俺の曲は。ホント、人にあげるのが惜しいぐらい“俺”なアルバムです。一枚目のシングル“HOLALE!”は自分が作った曲をそのまま入れた感じだったんですけど、今作は自分の名前がコンセプトになってるから、全てをさらけ出さないとカッコ良くないじゃないですか?一番最後の曲“みなみ”は自分の奥さんの名前で、普通そんなことする人いないじゃないですか?長渕剛さんの“順子”みたいに、女の名前が入ってる曲って良い曲が多いと思うから『俺、そこだな』って思って。俺が求めるのはアイロニーじゃなくて、ひとりの女を愛することだ、って。『1万人のオンナよりひとりのオンナだろ』みたいに、自分の奥さんへの『いつも辛抱させてすまんのう』って気持ちが一番出てるし、『その女に憧れて他の女のオメコが痺れるんじゃ』って思って曲を作りました。レコーディングとかも、奥さんが子供連れて来たりするし。俺がこの作品に浸かり込んでるときにスタジオで寝てたら、朝の3時頃に子供抱いてる奥さんに起こされて、『帰るであんた』って迎えに来てくれたんですよね。で、帰りがけになんか目が覚めちゃって、インスト流して『俺がこれから歌う言葉をノートに書け』って言って出来たのが“天下御免”なんです。だから、あの曲は女房にリリック書かせてるんです。『俺が間違ったこと言ってたら、お前が間違ってるって言ってくれ』って。『義理はかてぇが女に弱い/それがワシの醍醐味だろ?』って言ったら『そうだ』って。で、『書け』って」
 


 
■奥さんに問いかけながら作ったんだね。面白いなー。
「『勝手してきた男やさかい/殺されるならお前がええ』言うたら『私が殺したげる』って。裏話ですけど」
 
■紅桜君のラップ・スタイルはすごく独特で、今となっては歌とラップが融合したスタイルは珍しくないけど、紅桜君の場合はその中でもかなり珍しいスタイルだと思うんだ。で、所謂ラップらしいラップをしてる人よりも、そういうスタイルの人の方が、これまで自分が触れてきた音楽からの影響やルーツがダイレクトに反映されると思うんだ。時にはブルースだったりレゲエ、時には浪曲的な日本の音楽の要素も混じっていると思うんだけど。
「言うならねぇ、“街っ子”は街に出て雑誌とかいろんなツールがあるけど、自分らの街にはそれがなかったんですよね。俺もHIP HOPの情報をゲットしに岡山市に行ったりしてたけど、それをそのままやっちゃうと普通と一緒なんですよ。俺の中では周りの人間がHIP HOPなんです。俺の親父、親父の周りの人、エノックリンの人、本当に苦しい思いしよる人、その人らが吐く言葉がHIP HOPなんです。雑誌を読んで文字を追うより、現場に出てヘルメット被って『銭がなかったら命奪られたんと一緒じゃぁのう?』とか、そういう親父とかの声が入って来て、それが俺のHIP HOPになったんです。元々ヤクザやってて今辞めた世代の人とかの子供が俺なんで、教育がそういう感じだったんです」
 
■多分、紅桜君のラップは津山で生まれ育ってないと生まれないんだろうし、もっと言うと紅桜君が育ってきた環境じゃないと生まれないんだろうな、っていうのはすごく感じる。メロディをラップに取り入れようと思った理由は?
「まず、他人と一緒だとメシ食えないっていうのが分かってたんです。そのことを考えてたとき、メキシコに行ったんですよね。YAS君に『何でメキシコなんや?』って訊かれたんですけど、日本の一線の人たちはもうNYやLAに行ってるじゃないですか。でも、メキシコってなるとなかなか行かない。みんなが聴いたことないノリを、少々危ないところでも吸収したくて、ノープランでメキシコ・シティに行ったんです」
 
■治安もアメリカに比べたら遥かに悪いよね。
「みんなが思ってる以上に本当に危ないところで(笑)。最初の3日間はホテルに泊まったんですけど、カネ数えてたら『ちょっと待てよ、このままホテルいたらおれんわ。野宿しよ』って、アラメダ公園ってとこで寝泊まりしてたんです。公園では警察からマシンガン突きつけられて起こされたり『カネよこせ』って警官から言われたりもした。……人が体感したことないノリってあるじゃないですか。日本が静かすぎるんですよ。ここがメヒコなら、その辺にギター持ってるソリスタがいる」
 
■そこの影響がデカイんだ。
「そうですね」
 
■じゃあ、ラテンの影響も大きいんだ。
「ですね。俺の踊り方見れば分かるんじゃないですかね。こっち帰ってきた直後、HIP HOPで踊れなかったですからね。それプラス、日本の昔の歌謡曲--親父やオカンが口ずさんでいたような曲--親父とかはテレサ・テンとか聴いてて、『テレサ・テンみたいなオンナいいなー』って思ったし、美輪明宏の“ヨイトマケの唄”とか柳ジョージや上田正樹とかもカッコ良かったですね」
 
■メキシコの話は面白いなー。どれくらい行ってたの?
「3ヶ月ぐらいですね。ユカタンのピラミッドとかは見てないんですけど、一緒にいたヤツらはアステカ文明の末裔だった。でも、滞在から三ヶ月経っても、仲間って言われてるヤツらにも監視されてましたね。俺がメキシコ人の女友達の子供を抱いて、アラメダ公園にいただけで狙われた。俺だったから許されたけど、本当だったら多分撃ち殺されてましたね。でも、メキシコで“愛”を教えられたし、あそこで“人間”になれた気がするんです。『おい、ハポンって行ったらカラテだろ?メヒコはボックスだ』ってボクシングの構えし出して、向こうは多分ジャレる感じでやろうとしたんだけど、俺はケンカじゃけん服とか引っ張って本気でやってたら周りに囲まれて。で、止められた後に相手のヤツの家に連れてかれたんです。そしたら、そいつの家がテントなんですよ。『日本と大違いじゃ』って複雑な気持ちになっちゃったんですけど、そこの家の母親が『息子が初めてアミーゴを連れて来た!』って俺を抱きしめてきて。『メシ食え』って豆のスープ飲ませてくれて、そのときはだいぶ泣いたっすね。……俺は、早い話、メキシコに死にに行ったんです。戻って来れないぐらいの覚悟で。地下道に引きずり込まれて、メヒカーノ・パンクに押さえつけられたし、その数日後はブロックの角に押し付けられてピストルとナイフ突きつけられて、そのとき手元に金がなかったから、ヤツらもそれで逃げて行って助かった。『良かったー』って思って、2,000円ぐらいのテレホン・カード買って母親に電話して。『オカン、今すぐ会いたい。オカン、ホンマ今まで悪かったわ』って言ったら『今すぐ帰って来い、今どこにおるんや?』って言われて『今、メキシコおる』って答えて『メキシコ!?』みたいな(笑)。だから、こっちに帰って来て、女が迎えに来たけど、一番最初に会いに行ったのはエノックリンの母親でしたね……メキシコに行って強くなれた気がするんですよね。土壇場で逃げない、というか。ピストルとかナイフから逃げるとかじゃなくて、『結論:逃げない』っていう(笑)」
 
■“天下御免”のMVを観たときも思ったけど、任侠的なモノへの憧れは強い?それとも、さっき話したように、周辺の環境からの影響?
「小1~2ぐらいの頃に『ビーバップ・ハイスクール』みたいなヤンキー映画を兄貴が観てたりすると、そのセリフとかマネするじゃないですか(笑)。だから、ヤンキー文化は強かったですね。小6でローチャリ乗ってたし。俺らは任侠は任侠でも、本職の人たちとは違う。俺らはあくまで音楽をやってるんで。でも、本職でもカタギでも、ヤバイモンはヤバイじゃないですか。そこなんですよね。職種関係なく、男は男だから、そういう部分で意識はしてないですね。周りが濃すぎて、そこがHIP HOPだと思ってるんで」
 
■じゃあ、紅桜君の歳上の人との会話も、今作のような語り口で喋ってる?
「まあ、もっと複雑ですね(笑)。出してカッコ良いところと出してダサいところっていうのは、自分の中でもだいぶ拘って弁えてます」
 
■さっき話してくれたように、“天下御免”で「義理はかてぇが女に弱い」とラップしてて、実際今作にも”昔愛した女や”みなみ”といった、女性を題材にした曲が多いけど、紅君にとって女性とはどういう存在?
「神様……というか天女様ですね。男からはその人の背中で教わりたいんですけど、女は背中を見ても悲しさしか教えてくれないんです。でも、天女の正面からは光しか見えてこない。だから、俺にとって女は、神の言葉ですし、俺を導いてくれるし、俺を癒してくれる。結婚してからそう思うようになりましたね。今の奥さん:みなみといないと俺のこの言葉は出て来なかったと思う」
 
■アルバムを聴くと、女と同じぐらい酒も好きそうだけど(笑)。
「酒はねぇ、呑みますよ。呑みますけど、中途半端には飲まないですね。俺が酒を呑むときは、考え事をしてるときなんですよ。それは津山の人間みんなが分かってる。人には言えないようなこと--悲しみだったり--どうすればいいか分からないときって、大概寝るか酒呑むかなんです。だから、酒っていうのは“強がり”ですね。“天下御免”で『血を吐いても酒で口をゆすげ』って出て来るじゃないですか。一回、クラブでみんなの前でブワーッて吐血したことがあったんですけど、そのときはお絞りで拭いてから『もう一杯!』って呑んだんだけど、ホテル帰ったら具合悪くなって。でも、そういう感じじゃないとああいうリリックは出来ないですね」
 
■今作の紅桜君のラップを聴いて感じたのは、この人は「ブルージーなラップ」じゃなくて、“ブルース”そのものをやってるな、っていうことで。扱っているトピックも正にアメリカ南部のブルース・シンガーが歌っているようなことだし、情感やテーマもブルースそのもの。紅桜君自身は、自分のリリックやラップ表現のこだわりをどういうところに置いている?
「ありがたいですね。極論、曲名に(歌っていることが)入ってます。ドップリ(テーマに)入った上で、周りを見渡してスケッチしてる感じです。『悲しくもないのに悲しい歌を歌え』って言われても、歌えないじゃないです。だから、そこに突っ込んじゃう。俺の奥さんが辛い思いをしてるのも、壊れた男について歌うなら俺は壊れてしまうからなんです。そこは苦しいところで、自分はそれでいいと思ってても、周りからはそう見えてなかったりする。でもしょうがないんですよ。俺らは芸術家だから」
 

 
■“悲しみの後”とか、先行配信された段階で話題になっていたけど、この曲にはどんな背景がある?
「ぶっちゃけ、あの曲はイカれてるキ○ガイの曲なんですよね。他人からは大絶賛されてますけど……自分の兄貴が覚醒剤に狂ってて、家族が泣いてたんです。俺も、その時点でドラッグを通過してたから、自分から何か言えるアレじゃなかったけど、真ん中の兄貴が一番上の兄貴を殴っちゃうと仕事に戻れないし、親父も母親も断腸の思いでいたのが分かったんで、『俺がやるしかない』と、自分の兄貴を殴ったんです。それで、自分の頭も真っ白になって、まだ付き合ってる頃の奥さんの胸にすがって、ワンワン声出して泣いたんですよね。それで、『外出て来るわ』ってクルマ飛ばして、窓開けながらインストも何も聴かずに『悲しみの後には幸せを/手を叩くほどの喝采を』っていうフレーズをアカペラで歌ってました。で、その後ひとりでラブホテル入って、朝の9時ぐらいにハッと見たら、あの曲が書き上がってました。だから、あの曲はそう簡単に他人に作れる曲じゃないと思います」
 
■今の津山HIP HOPシーンの現状は紅桜君から見てどんな感じ?
「ヤバすぎるっすね。まず、音楽がヤバすぎる。YAS君の音楽を聴いても、分かるんですよ。『あの人、あのときこういうこと考えてたんだろうなあ』とか『じゃけん、あのときあんな顔してたのか』とか、身内だから分かるじゃないですか。人間味に触れられるというか。他の県の人でそこまで思わせてくれる人ってなかなかいないんですよ。だから、俺らのファミリーが一番ヤバイし、実際そう思えるから『ヤバイ』って言えるんですよね。……YAS君から『ワシが食えりゃ、みなみも蘭(紅桜の娘)も食えるんだろ』って言ってくれたとき、本当刺さったっすね。だから、このCDは苦しい思いしてきた俺らの“逆襲”なんです。俺がこうやった出してもみんながビッグアップしてくれるのは、みんなにとっての“逆襲”だからなんです」
 
■だから、このアルバムは紅桜君のアルバムだけど、紅桜君だけのアルバムじゃないんだね。
「俺らの街、俺らという人間、俺らの根っこ。だから、思い入れが強いです。ここに何人の熱が入ってるか、っていう」
 
■PARTY GUN PAULを通して全国流通させるということは、津山で産まれた音楽をもっと全国の人たちに聴いてほしいという思いはあるんだよね?
「そうですね。でも、『聴いて下さい』っていうタイプじゃないんですよ」
 
■だろうね、今日話を訊いた感じだと(笑)。
「だから、ライヴとかでもよく言うじゃないですか?『聴いて下さい、次は“●●”です』みたいに。俺は司会者じゃないんで『聴けやコラ』っていうのがスタンスなんです。ライヴとかでも『手上げんなよ、コラ!』って言ったりするんですよ。会場に100人いたとして、『プチャヘンザッ』って言って1~2人上げなかったら俺の負けなんですよね。だから、『手上げんなよ!』って言って手上げなかったら俺の勝ちでしょ、って(笑)。それでも手を上げてきたヤツには『後で酒でも呑もうよ』って言うわけですよ。『バカだねー』って、悪い気しないじゃないですか。そういうことも俺の作戦/ヴィジョンで」
 
■じゃあ作戦/ヴィジョンということで言うと、今後は紅桜としてどんなラッパーになっていきたい?
「全ては皆さんのおかげなんです。自分ひとりで動かしてるゲームじゃないんで。それを踏まえた上で、日本じゃ狭すぎるしケンカになっちゃうから、アジアでもいいし俺の歌詞にハングル語や英語の訳を付けてもいいから、どこの国でも心を動かせる言葉/歌が出来ればいいな、って。『世界に向けて発信します』って言っても、タマがないと撃てないんで、とにかくヤバイピストルとタマを作らないと。まずはそこですね。第一に『皆さんのおかげさま』で、これから先の紅桜も『おかげさま』第一のラッパー。第一にヤバイモノを作る、第一に俺、第一に家族、二番はないっす(笑)」
 
 

Pickup Disc

TITLE : 紅桜
ARTIST : 紅桜
LABEL : PARTY GUN PAUL
PRICE : 2,700円
RELEASE DATE : 8月13日