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HAIIRO DE ROSSI

インタビュー:伊藤雄介(Amebreak)

「ラッパーっていうのは、音源とかライヴとか、音楽に付随するモノだけじゃなく、日々の行動も伴うモノだと思ってるんです。そういった、日々の行動を踏まえた上で『一体、自分はどんなリリックが書ける/どんな行動が出来るアーティストなのか』って考えたときに“コンシャス”って言葉が出てきました」

 
 2011年に4thアルバム「forte」をリリースして以降、HAIIRO DE ROSSIが辿ってきた道程は決して平坦なものではなかった。元々体調に自信があるタイプのラッパーではなかったようだが、震災以降、更に体調を崩してしまった彼は、2012年春に活動休止を宣言。パニック障害と鬱病を併発し、思うようにラッパーとしての意思表示が出来なくなってしまい、彼が率いていたクルー:HOOLIGANZの分裂/メンバーのレーベル脱退といった事態も重なり、心身共に辛い時期を過ごすことになる。
 
 だが、今年5月には、般若を客演に招いたシングル“Ready To Die”をリリースし、活動再開を宣言。この度リリースされたニュー・アルバム「KING OF CONSCIOUS」は、彼が病気を克服してから初のアルバムとなる。
 
 “CONSCIOUS(コンシャス)”とは、直訳すると「意識的な」という意味だが、USのHIP HOPでは、80年代後半に興ったアフロセントリック・ムーヴメントなどの影響で、自身のルーツに自覚的になった黒人ラッパーたちが、物質主義的なラップ・ミュージックへのカウンターというトレンドも加わり、自身のルーツや自身が置かれている社会/政治的状況に対して“意識的”にリリックを発信し、そういったラッパーのことを「コンシャス・ラッパー」と呼んでいた。HAIIRO DE ROSSIは、何故このタイミングで「KING OF CONSCIOUS」という、一見すると大仰なタイトルを本作に付けたのか?そこには、様々なトラブル/ストラグルを経たことにより、彼が自身のアイデンティティに、より“意識的”になったという経緯が反映されているようだ。下記に語られているように、激動の数年間を乗り越えたタイミングで作り上げられた本作は、HAIIRO DE ROSSIのディスコグラフィの中でも、特に重要な一枚として数年後も語られることになるだろう。
 
 
■以前、Amebreakで“forte”のMVを撮らせてもらったけど、長丁場の撮影だったからHAIIRO君も疲れていたのか、その翌日に具合が悪くなったって訊いたのを憶えてるんだよね。あのぐらい(2012年春)の時期から体調不良を訴えていたよね?
「ぶっちゃけ、過呼吸とかは以前から患ってたんですよね。……最初はパニック障害を起こして、最終的に鬱病になってしまったんです。普通な生活すらも出来ないぐらいの感じになって。分かりやすく言うと、病院で『生活保護受けますか?入院しますか?』ってぐらいまではいきました。結局、両方しませんでしたけど」
 
■パニック障害は、具体的にどういう症状だった?
「ライヴ終わったら、ブラックアウトしてトイレでぶっ倒れるとか」
 
■でも、ライヴ自体は出来たんだ。
「ライヴのときって、結構違うスイッチが入るのか、出来てたんですけど、そういうことの頻度が増してって、活動休止せざるを得ないという決断に至るときには、『もう無理だな』って、自分で分かったんです。それで、自分自身を責めるようになってしまって、鬱病になったんだと思います。同時期に、良いことも悪いことも色々あったけど、『自分自身との距離』が上手く取れてなかったのかな、って。自分との距離感が上手く測れないと、自分自身を大きくも小さくも見てしまうじゃないですか。それをしてて追い込まれたというか。自分との距離が測れるようになれば、誰が誇張しようが蔑もうが、ブレない。それがやっと掴めたから、こうして作品として復活しよう、と」
 
■活動休止中には、自身のクルーであるHOOLIGANZを脱退し、最終的にはHOOLIGANZの他のメンバーがforteを抜けたということもあったけど。
「これを読んでいる人がどう捉えるか分からないですけど、HOOLIGANZっていう名前を付けたのも作ったのも、僕じゃないですか。どう見てもフロント・アクトは僕だったと思うし、そこが抜けたんだったら解散、もしくは名前を変えるのが適切なんじゃないのかな、っていうのは思いましたね。椎名林檎が東京事変を作ったけど、椎名林檎が辞めるって言ったら東京事変も終わるだろうな、って。彼らに対しては負の感情はないし、別にいいんだけど、HIP HOPってなんだかんだ言って“終わり方”があまりキレイじゃない場合が多いですよね。だから、そういう感じになっちゃってるのかな、っていうのは正直思います」
 
■今の話を訊いて疑問に感じたんだけど、HAIIRO君がHOOLIGANZを離脱するんじゃなく、HAIIRO君がHOOLIGANZを「持って行く」という選択肢はなかったの?
「最初は、HOOLIGANZを続ける意志があったんですよね。最初から辞めるとは決めてなかったんだけど、その後メンバー間の関係がよろしくなくなってきて……とは言え、悪いとも言えないんですが。でも、(前作)以降、HOOLIGANZとしての作品はまったく出ていない。それが全てというか、それを見てれば分かるでしょう、っていう気はしますけどね。だから、僕は可能性が見えなくて辞めたというのもあります」
 
■HOOLIGANZが4人揃っていたときのライヴや、取材などをリスナーとして見ていた側からすると、あの時点では確実に“絆”がメンバー間にあったと思うんだけど、意外とあっさりそこは崩壊してしまったんだね……。
「それに関しては、僕たちだけの問題じゃなくて、色々な要因がありましたね」
  
■肉体的にも精神的にも辛い時期がしばらく続いていたと思うんだけど、そこから「抜けた」と思ったタイミングはある?
「『完全に抜けた』と思ったのは、TALIB KWELIとMOS DEFがそれぞれ来日して、二人に会ったときで。そのとき、MOS DEFはROBERT GLASPERと一緒に来てて、そのライヴが物凄く良くて、雲の上のような存在だった彼らに直で対面したら、すごいエネルギーをもらえた。そのとき、“光”が見えたんですよね」
 
■ライヴを観て?
「いや、話したときかな。『BLACK STARがなかったら僕はラップをやっていない』みたいに伝えて。その後ハグしたり握手したりとか、そういう感じです」
 
■端から見るとありふれた光景かもしれないけど、HAIIRO君にとってはそれぐらいスペシャルな存在だったからこそ、そういった何気ないことも大きかった、と。TALIBとMOS DEFからなるBLACK STARは、以前HAIIRO君が出したミックスCDでもジャケットがサンプリングされていたように、以前からフェイヴァリットだと公言していたよね。
「BLACK STARとNASは好きですね。MOS DEFとは、“Road To BLUE NOTE”で歌われているように、BLUE NOTE東京で会って、TALIBは渋谷VISIONに来てたんですけど、渋谷のTOWER RECORDSに行ったらたまたまいて、そこでちょっと喋れたんですよね。まだ調子悪い時期だったけど、力をもらいました」
 
■そして、今作はもう5thアルバムになるんだね。
「今回、アルバムを作るにあたって、『5枚目』のアルバムだということをすごい意識したんです。最初の“壁”って3rdアルバム辺りだと思うんですよね。一枚~三枚目ぐらいまでは、結構勢いで出せちゃう。僕なんかは最初、レーベルと契約/所属していたから、最初の二枚は、簡単にと言ったら変だけど、出すことが出来た。三枚目からは独立して、勢いで『良いモノ作ろう』って出せたけど、四枚目ぐらいになると、どんなアーティストもある程度落ち着いてくると思うんです。僕は、NASだと『ILLMATIC』に匹敵するぐらい『STILLMATIC』が好きで、アレが5枚目のアルバムなんですよね。あと、体調不良のとき、HIP HOPは聴いてなかったんですけど、よく聴いていたのが安藤裕子さんの『JAPANESE POP』ってアルバムで、そのアルバムも偶然5枚目なんです。だから、『5枚目って節目なのかな?』って思って。1stから4thまで経過して、5枚目は生まれ変わった1stアルバムみたいなイメージがあるのかな、って」
 
■確かに、NASの「STILLMATIC」は、タイトルからも分かる通り、そういった立ち位置のアルバムだよね。
「あと、今作は“ポップス”に近いのかな、って気がしてます。“ポップ”なアルバムという意味ではなく、『“ポップス”に近い』という感じは自分で聴いてて思います。単純に、明るいアルバムだし、あと、すごい“日本的”だと思います。前作までを振り返ると、僕はアメリカナイズされていた部分がHIP HOPをやっていた以上あっただろうけど、今回は本当にそれがなくて、『メイド・イン・ジャパン』というモノにすごく誇りを持って取り組めた。今回決定的に気づいたと思ったのは、HIP HOPのルーツはブルースだったりするけど、日本のHIP HOPは掘り下げていくと、向こうに合わせてブルースやジャズをルーツとするんじゃなく、多分フォークなんですよね。そこの違いは大きくて、その違いを理解できたというのが今作は大きかったな、って」
 
■今の発言は、理解できる一方、意外にも感じたな。今話してくれたことは、今作の中核にあるメンタルや、感情の機微に関連して言っていたと思うんだけど、今作はHIP HOP的文脈のダブル・ミーニングや引用が多いよね?しかも、そういった仕掛けを結構分かりやすく入れている。そういう意味では、これまでの作品以上に“HIP HOP性”の強い作品なのでは?とも思ったんだけど。
「でも、日本人にしか分からないミーニングじゃないですか」
 
■日本人にしか分からない感情やニュアンスを、ラップというアートフォームを使って表現した、ってこと?
「まあ、そうですね。理想を言うなら、そのアートフォームがラップだけでなく、“音楽”であってほしい。僕は、今まで『楽しまないように』っていうのをモットーに活動してきたんです。若い内に、本当に『楽しい』と思って音楽をやってしまったら、10年後いないと思うんです。で、今回、自分の中でそのピークが来たって感じたから、ここから10年は“歌謡曲”として認知されるような状態に持っていけたら、って思ってます」
 
■そのためのスタートが今作、と。
「そうですね」
 


 
■先行シングルとして、般若が参加した“Ready To Die”が話題を呼んだよね。般若は、HAIIRO君がマイクを掴む直接の動機となったMCのひとりだと思うけど、何故このタイミングでこのコラボが実現した?
「般若さんからライヴのオファーがたまたま来たんです。で、そのときに僕もちょうど曲を頼もうと思ってたんですよね。体調的に、ライヴは受けられなかったんですけど、『曲を一緒にやりましょう』って話をして、リリックとビートを送ったら、一緒にやることになったんです。般若さんとのセッション中は、決して世間話とかが多かったわけではないんです。すごく寡黙な人だし。だから、あまり多くのやり取りをしなかったけど、彼とのセッションで学んだことはすごく大きかったですね。一番は、(音楽に向き合う)“姿勢”ですかね。もう、アスリートに近いというか……だから、言葉がいらなかったというか、“背中”で語られちゃった、みたいな感じです。その後、様々な人たちとセッションしてアルバムが出来上がったんですけど、最初が般若さんでよかったと思います」
 
■今作のタイトルは「KING OF CONSCIOUS」で、“キング”と言ってるからには、やはり大きく出ているタイトルだと思うし、今日び“コンシャス”という視点でラップについて語る機会も多くないよね。もちろん、そういったラッパーは日本にもいっぱいいるんだけど、昔ほどそういったラッパーを「コンシャスなラッパー」と表現することもなくなってきた。今、「コンシャスであること」を押し出した理由は?
「自分が“レペゼン”できるモノって何があるのか、というのを探してる時期があって、そのときにたまたまBACHLOGICさんのスタジオに行ったんです。JIGGさんがBLさんを紹介してくれたんですけど、BLさんは僕と会うなり『HAIIRO君、君は“リリック”だよ』って言われて、ハッとしたんですよね」
 
■いきなり初対面で言われたの?
「いきなりでしたね(笑)。でも、それがなんかすごい腑に落ちて、家に帰ってもずっと考えてました。で、自分が“キング”と呼べるモノは何なのか、って考えたときに、“リリシスト”って言うと、また物凄い数そういう人がいるじゃないですか。ラッパーっていうのは、音源とかライヴとか、音楽に付随するモノだけじゃなく、日々の行動も伴うモノだと思ってるんです。そういった、日々の行動を踏まえた上で『一体、自分はどんなリリックが書ける/どんな行動が出来るアーティストなのか』って考えたときに“コンシャス”って言葉が出てきました」
 
■何故、“レペゼン”するモノを探していたの?
「大きかったのは、MUROさんのDJプレイを生で観たんです。それが素晴らしくて。完全に『キング・オブ・ディギン』だったんですよ(笑)」
 
■そりゃそうだ(笑)。
「それがデカかったのかな、って。『キング・オブ・ディギン』を目の当たりにして、MUROさんが自分のアートに誇りを持っているのをすごく感じたんですよね」
 
■何かを“レペゼン”するというのは、ラッパーにとって不可欠なモノだと思う?
「僕は、“レペゼン”って、地元のことを代表するとかじゃなくて、自分を“レペゼン”するモノだと思ってるんです。そこに付加価値として付いてくるのが“地元”だったりする。そういった付加価値がなくても、自分を“レペゼン”出来てれば正解なんじゃないかな、って」
 
■つまり、「“レペゼン”する」という行為は、アイデンティティを見つけるということと同義ってことだね。HAIIRO君なりの「コンシャスなラッパー」の定義は?
「音楽活動と共に、行動が伴っているというのはもちろんのこと、活動家としての側面も必要だと思うんです。そういった意味で、意識的な行動を出来ているアーティストは、コンシャスと呼ぶのに値するのかな、って。極論ですけど、僕が最もコンシャスなラッパーになれてる状態っていうのは、ラップをする必要がなくなったときだと思ってるんです。ラップをしないで、歩いているだけでもそこから音楽を感じたり、アーティスト性を感じたり、“キング”を感じたり」
 
■振る舞い、とかか。
「そうですね。その部分がしっかりしていればいいと思うし、そこが目標でもあります。音楽はかけがいのないものだし、この世に必要なものだと思うけど、自分にとっては、『音楽をしなくてもいい状態』が作れるところまで行くっていうのは、これから必要なことなのかな、って思ってますね」
 

 
■最近のブログで「この作品は我が子というより自分」って書いてたけど、これまでの作品と自分の中でどう違うの?
「まあ、さっきも言ったように、“明るい”ですよね」
 
■確かに以前の方がジメッとはしてたよね。
「そうですよね。やっぱり『死の匂い』がしてた。『陰日向に咲く』という言葉があるのと同時に、社会なり人/仲間--いろんなモノに照らされた上で、僕という“影”は咲いていたんだと思うんです。でも、いざ影だけになると、真っ暗になってしまって、その真っ暗の中からもがいた結果、自分が今度は“照らす”番なんだな、っていう。だから、『今作はどんな作品ですか?』って訊かれたら『僕です』としか言いようがない」
 
■さっきも話したように、今作では数えきれない程のダブル・ミーニングが組み込まれているけど、勝手にアルバム・タイトルから連想すると、それはラップ/HIP HOPコンシャスであるという側面を、こういった表現を多用することで表わしてるのかな?って解釈してたんだけど。
「そういうことではないかな。ダブル/トリプル・ミーニングに面白味を感じたっていうのがあるんですよね。『日本語って、面白いな』っていうのを思って」
 
■作詞法として面白味を感じたんだ。
「日本語って、ダブル・ミーニングがしやすいんですよね」
 
■漢字の同音異義語も多いしね。
「それもあるし、終止形で終わらせないことによって、その余白で想像させたりとか。作詞法として、日本語というのは面白いと思いましたね。現状、僕は日本語ラップのアーティストを把握できているわけではないですけど、大多数のアーティストは、恐らく英語を使いたがると思うんですよ。だけど、僕が今理想とする曲は、一曲で一枚の手紙や文章のようになっている、“文章”として成立しているモノなんです」
 
■“KING OF CONSCIOUS”では、「抽象画家から重病患者からがんじがらめHate全て味わったラッパー」って言ってて、これは自嘲的な要素もあると思うんだけど、“抽象画家”というのは、初期の自分のこと?
「1stの頃ですね。抽象的だったでしょ(笑)?」
 
■あの頃目指していたモノと、今目指しているモノは全然違うの?
「いや、変わってないですよ。人間的な部分でオトナになったとかはあるかもしれないですけど、BLUE NOTEでライヴするっていう目標は変わってないし。デビューから7年ぐらい経って変わらない部分はあるけど、自分の力量がやっと目標に追いついてきたのかな、って気はします」
 
■この曲で「本当の任務とは遂行するでなく全てを崇高することにある」ってラップしてるけど、コレは自己肯定という意味?
「いや、そうではなくて、『肯定も否定もしない』というのが、僕にとってはベストな方法だと思っているんです。“好き”の反対は“嫌い”って思ってる人も多いと思うけど、“嫌い”っていうことは『興味がある』ってことだから、かなり好きに近い感情ですよね。“好き”の反対は“無関心”なんですよね。『何も思わない』っていうのはすごく大事なことで、今の俺は褒められようがバッシングされようが、一喜一憂するということはないですね」
 
■だけど、一方で今作は“愛”が強いアルバムだとも思うから、そういう意味では感情的だよね。
「そうですね。『愛すること』っていうのは大事なことで、“愛”に関しては、さっき言った“否定”“肯定”どっちとも入ってると思うんですよね。憎しみに近い愛もあるし、ピュアな愛もある--『本当にピュアな愛って何なんだろう?』って考えること自体、すごく愛があることだと思うし。でも、人を愛したり良く思うとかっていうのはどういうことか、って考えるためには、まず自分のことを考えないといけない。自分との距離が分かってなければ、社会と自分の距離は分からないですよ。それを分かった上で社会を見てみる、そして、そこに愛が持てるんだったら、それは惜しみなく出せばいいと思うんです。で、そのリアクションに対しては否定も肯定もしなくていいと思っている、ということです」
 
■例えば“インディーズ”だったり“モネ”のような曲は、リスナー/ファンだったり、自分が愛する人--それは猫も含むんだけど(笑)、そういった“対象”へのメッセージが色濃く出たアルバムだと思って。
「確かにライミングだったりフロウだったりの出来方でのインパクトっていうのはあるけど、作品を作るということに関して言えば、後々残ったときは、そのときの衝撃とかっていうより、どれほど洗練されたモノであるか、っていうことの方が大事だと思っているんです。僕が不特定多数の人間にメッセージを投げかけるというのは、僕の中ではあまり良い行為じゃないと思っていて。不特定多数に『君を愛してる』と言ったところで、伝わらないと思うんです」
 
■一般的に、ヒットするポップスなどは、不特定多数が共感できるように、普遍的な内容にするケースも多いと思うけど。
「僕が言ってる“ポップス”というのは、『良質な歌謡曲』であって、所謂チャートにあるようなJ-POPだったりじゃないんです」
 
■確かに、昭和の優れた歌謡曲の中には、対象がミクロなモノも多いしね。“傘も差さずに”では「先生にとっては生徒は40人だけど生徒からすりゃ先生は一人/俺はそういう意識でファンと接したい」ってラップしてるけど、こういう意識はどうやって生まれた?ファンという存在をより身近に感じるようになってきたのか、それとも病んでいるときにファンに救われたから?
「もちろん、ファンに救われたというのは思っているし、今も感謝してます。例えば千人に向けてライヴしたとしたら、千人という固まりじゃなくて、ひとりが千人いるということじゃないですか。つまり、ひとりに伝わらないことは千人には伝わらないと僕は思っているんです。それは、大きいところから小さいところまでライヴさせてもらって学んだことです」
 
■“インディーズ”で「俺は音に命を救われた/今言い聞かす俺が救わねば」とラップしてるけど、さっき話してくれたMOS DEFやTALIB KWELIにHAIIRO君が救われたんだとしたら、リスナーにとってHAIIRO君もそういう存在にならないといけない、という意識がある?
「それもひとつです。でも、それ以上にファンに救われたからですね。僕、Twitterとかも全部辞めてたんですけど、forteのオフィシャル・アカウントだったりメール・アドレスに、励ましのメールや、わざわざ曲を送ってくれた人が本当に多くて。その人たちが元気でいてくれるのが、僕にとって幸せなことなんですけど、もしその人たちが落ち込んでいたり、さっき言ったような“影”の部分にいるんだとしたら、今度は僕が日向にならなければ、と思ってこのフレーズを書きましたね」
 
■今作は、全曲のトラックをHIMUKI君が手がけているね。
「1stアルバムの頃に、失礼な話なんですけど、HIMUKIさんのインスト・アルバムに俺がラップを載っけて、面識もまったくないのに送ったことがあるんです。そのときに『良かった』って言ってくれて、アルバムを作る際にお願いして、それ以降毎作で関わってくれています。だから、HIMUKIさんは僕の20歳ぐらいの頃を知っているプロデューサーなんです。今回のアルバムのプロデューサーは、HIMUKIさんしか思い浮かばなかったです。ビート・メイカーとプロデューサーの差って結構大きくて、ビート・メイカーと呼ばれる部類の人のビートって、“隙間”がないんです。それはある意味、完成されているビートなんだけど」
 
■それは、その上に「ラップが載る」というところまで見えてないからそうなってしまう?
「見えてないのか、意図してそうやってるのかは分からないですけど。でも、HIMUKIさんはビート・メイカーかプロデューサーか、って言われたら間違いなくプロデューサーに分類されると思うんです。あの人はちゃんと“隙間”を空けてくる。ラップが載って初めて100になるようなトラックなんですよね。あと、人間的にもすごく良く出来た人だし、ふざけた話をすることもあれば、真面目に話すこともある。僕のことを本当に考えて作ってくれるだろう、と思って頼んだら、本当に考えて作ってくれた(笑)」
 
■ラスト曲に持って来た“Road To BLUE NOTE”では、以前からHAIIRO君が語ってきた、『BLUE NOTE TOKYOでライヴするのが夢』ということについて、その理由も含めラップされている曲だね。
「曲にも書いてますけど、親友に『BLUE NOTEでライヴできる日本人になってくれ』って言われたのがすごく大きくて。BLUE NOTEって、僕にとっては他のアーティストが目指す武道館のような会場と同じくらい大きい場所なんです。ジャズがすごく好きだった時期が長かったというのもあるし、あそこで演れたら、本当に夢が叶う瞬間なのかもしれないし、そのときどんな心境になっているのか、すごく楽しみですね」
 
■「虐待で死にたいと言ったらお前がブルーハーツの“人にやさしく”を大声で歌ってくれた時の事を」ってラップしてるけど、虐待を受けてたことがあるの?
「まあ……今思うとそうなんじゃないですかね。ちょっと家庭内が荒れてました」
 
■さっき、初期の音源には「死の匂い」があるって語っていたけど、それは若い頃の経験が反映されていたから?
「なんか、消化しきれなかったんだろうな、って。消化しきれなかったから、それが原因で精神的な病気になってしまって。中学の頃も血だらけで学校に行ったりとか、普通にしてたし、自殺未遂もしたことがある。家族に対して持っていた、恨みに近い感情が消化しきれず、今作制作直前までその感情があったんですけど、それを道(TAO)君がウチに遊びに来たときに話したんです。そうしたら、道君に『お前さ、それは親も辛かったんだよ』って言われたんです。そう言われて、僕にはそういう考えがまったくなかったから、すごく腑に落ちたんです。で、しばらくしたら本当に消化が出来たので、実家に電話して『あのときのことは精算できたから』って話をして、そこからアルバムの制作に移れたんです。まあ、秘話ですけど」
 
■病気のことも今話してくれたこともそうだけど、ここ数年はHAIIRO君にとって本当に激動の数年間だったんだね……。
「そうですね。この期間がなかったら、逆に怖いです。抜けることが出来なかったら……どうしようもないですよね(笑)。闇も続いてただろうし、惰性で『イケてる/イケてない』とか、そういう話をしてたかもしれない」
 
■今日話を訊いて、アルバムを聴いていただけでは分からなかった、何故今作を「KING OF CONSCIOUS」と名付けたかの理由がより分かった気がします。最後に、目標であるBLUE NOTEでライヴするためには、これからどんなことを目標に据えて音楽を作らないといけないと思う?
「『僕の歌詞に救われた』って言う人がDMや手紙をくれたりっていうことがあるんですけど、そういった人たちに向けて、なるべく取りこぼしなく返していけたらいいな、と思ってます。今作で更にその対象となる人たちの数は増えると思うんですけど、なるべく限界までは対応したいな、って。僕は、自分自身を“商品”として見られたいわけじゃないし、リスナーが僕のことを人として見てくれる以上、僕もリスナーを人として接しないといけない。仮に僕がメジャーやもっと広い範囲で活動することになったとしても、送られてきたデモにはどんなに忙しくても聴いて感想を返したいし、それぐらいのことは可能だと思います。あと、今年の個人的ベスト・アルバムは、椎名林檎の『日出処』で、語彙力にしろ表現力にしろ、久し振りに感化されたんです。僕は今28歳で、今後のキャリアのピークをこれから10年間とすると、あと10年以内に彼女の位置まで行きたいですね。しかも、あのアルバムも5枚目なんですよね(笑)」
 
 

Pickup Disc

TITLE : KING OF CONSCIOUS
ARTIST : HAIIRO DE ROSSI
LABEL : forte
PRICE : 3,240円(初回限定盤)
RELEASE DATE : 11月19日