日本を代表するHIPHOPサイト! Amebreak[アメブレイク]
  • INTERVIEW
  • KNOWLEDGE
  • NEWS / REPORT
  • COLUMN
  • RECOMMEND
  • MEDIA
MUSIC/VIDEO[メディア] RSS

第三会議室PRESENTS名盤各務塾VOL.5/DE LA SOUL「3 FEET HIGH AND RISING」(PART 1)

 お待たせしました! 毎度大好評の『第三会議室』とのコラボ企画『名盤各務塾』は、お馴染みKダブシャインと宇多丸師匠がHIP HOPのあんな名盤やこんな名盤に関して濃密なレクチャーを繰り広げていく、月イチ更新の要注目映像コンテンツです!
 
 第5回目は、80年代後半、HIP HOPに新たな価値観を呼び込んだ超重要盤:DE LA SOUL「3 FEET HIGH AND RISING」をご紹介! PART 2はコチラ
 
 
※第1回目:RUN DMC「RAISING HELL」の巻はコチラ
※第2回目:THE NOTORIOUS B.I.G.の巻はコチラ
※第3回目:PUBLIC ENEMY「IT TAKES A NATION OF MILLIONS TO HOLD US BACK」の巻はコチラ
※第4回目:WU-TANG CLAN「ENTER THE WU-TANG (36 CHAMBERS)」の巻はコチラ

 
 
「DE LA SOULって誰?」という人に……:
 DE LA SOULは、NY州ロングアイランド在住のPOSDNOUS/TRUGOY/MASEの3人が高校在学時代に結成。彼らによって制作されたデモ“PLUG TUNIN'”(のちにグループの正式なデビュー曲としてリリースされる)が、当時既にSTETSASONICの一員として活躍していたプロデューサー/DJのPRINCE PAUL(彼も同じロングアイランド出身)の目に留まり、彼の尽力を得てグループはレコード・デビューへの道を歩き始める。
 
 PRINCE PAULのプロデュースの下制作された1stアルバム「3 FEET HIGH AND RISING」は、1989年の春にリリース。彼らのルックスやピース&ラヴを掲げていたメッセージから、批評家たちは“ネオ・ヒッピー”と評し、その評価にメンバーたちは不満を感じていたようだが、評価は高く、瞬く間に彼らは当時のHIP HOPシーン最重要グループのひとつとして捉えられるようになる。また、当時HIP HOPの新たな流れとして人気を博していたJUNGLE BROTHERS/A TRIBE CALLED QUEST/QUEEN LATIFAH/MONIE LOVEらをまとめてNATIVE TONGUESというクルーで呼ばれるようになった。
 
 91年に、彼らは自らについて廻ったイメージを捨て去る2ndアルバム「DE LA SOUL IS DEAD」をリリース。賛否両論の評価で、内容も前作に比べて遥かにダークなものだったため、商業的には前作を上回ることはなかった。その後、93年に「BUHLOON MIND STATE」、96年に「STAKES IS HIGH」をリリースし、どちらも高い評価を得るが、ギャングスタ・ラップ全盛の当時のHIP HOPシーンでは商業的に成功を収めることは出来なかった。
 
 その後も彼らはアルバム・リリースを続け、当初は3部作としてリリースが予定されていた内の2枚「ART OFFICIAL INTELLIGENCE: MOSAIC THUMP」(00年)「AOI: BIONIX」(01年)をリリースするが、その後彼らはデビュー以来在籍していたTOMMY BOYから離脱。2004年にはBEYONCEの父親:MATHEW KNOWLESが社長を務めるSANCTUARY URBANと契約し、「THE GRIND DATE」をリリース。現時点で彼らの最新作となっている。
 
 現在もグループは活動を続けていて、NATIVE TONGUESクルーの中では最も息の長いグループの一つとして、HIP HOPシーンでサヴァイヴし続けている。
 
 
『名盤各務塾』では、こっちゃんと宇多丸師匠に紹介/解説してもらいたい作品のリクエストを募集しています。
作品/アーティスト名を明記してコチラまでメールお待ちしています!

 
  
協力:スペースシャワーTV
by the courtesy of Ki/oon Records Inc.

 
BLACKFILE.gif